せきらら性教育 -11ページ目

出産後記

3月2日が息子の誕生日なんで、ボツボツ、出産にまつわる話なんかをしている。

出産てんまつ記はこちらです。




それで、息子は無事に生まれた。3500gあまり。重い! しかも、頭がでかい! この頭の大きさは、生後6ヶ月に保育園に参加した後も、遠くから一発でどれが息子かわかる便利さを発揮してくれました。でも、ここ1年くらいで、それほど目だなくなってきた。それでも、わたしの頭のほうが小さい。この人の頭には何が入っているのやら。

本人に言わせると

「僕は頭の中で金魚を飼っているんだよ」

閑話休題。

とにかく、ベッドに連れて行ってもらい、手足の指の数を数え、隣のベビーベッドに寝かせる。授乳する。なでてあげる。出産に付き合っただんなは、一旦家に帰り、わたしも寝る。

朝がきたら、その日はとても暖かくて、晴れていて、気持ちのいい朝だった。とにかく、授乳をしてお風呂に入ることにした。

お風呂に入って、愕然。お腹は当然平らになっているけれど、皮が、余っている。思わず引っ張ると、信じられないくらいのびる! 湯船(西洋風)にだらんと寝転がって、

「ヨット!」

帆がどの部分だったかは、ご想像ください・・・。

だんなが11時くらいにお見舞いに来てくれる。息子は爆睡。

「頭が大きいねえ・・・」
「形もゆがんでるねえ・・・」
「でもかわいいねえ・・・」

親ばか丸出し会話。

そして、午後になって、息子が目が覚めて泣き出した。授乳をするけれど、泣き止まない。だんながあやすけれど、泣き止まない。困っていたら、ナースが来てくれた。

「オムツを替えましたか?」

・・・・生まれてから一度も替えてません・・・・。

と、ここまで来たところで、息子、

「ちょっとまって、じゃあ、生まれてから半日以上、僕のオムツを替えてなかったの?」
「うん、すっかり忘れてたんや。うんことおしっこで重くなってたんや。すごかったでえ・・・」

まあ、新米によくある失敗ですわ。

「ふーん。それで、おかあ、今でもヨットできる?」
「もうできひんなあ。つまらへんなあ」
「・・・・あ。僕、ヨットできるよ。帆が無いやつ」

はい、ありがとう。

よみがえる記憶: 出産てんまつ

そういえば、明日は息子の誕生日だ。11歳になる。

近頃、体も大きくなってきて、ラグビーをしているせいか、よく食べる。食費がかかる。ピアノも指がしっかりしてきたので、しっかりした音がでる。うるさい。フルートも肺活量が増えてきたので、長い音も無理なくでるようになった。やっぱり、うるさい。

そんなわけで、息子が学校に言っている隙にだんなと誕生日プレゼントを買いに行くことにした。

近くのお店まで歩くことにする。盲腸炎の後、外にほとんど出ていないわたしにとっては、久しぶりのお出かけである。が、半分もいかないうちに、ハラが痛くなってきた。

「うーん、もう歩けへん・・・」
「じゃあ、車を持ってきてあげるから待っててね」

だんなは車をとりに行った。そして、迎えに来た。この間、約3分。そこで、車に乗ったが、振動がハラに響いてやっぱり痛い。

「うー、痛いー」

とうめいているうち、これは何かに似ている、と気がついた。同じような経験をしたことがある。

出産のときだ。イングランドに住んでいたころ。

3月1日の朝におしるしがあったわたしは、一日落ち着かなかったけれど、病院も近いことだし、陣痛の間隔が12分くらいになったら来て下さい、と助産婦さんに言われていた。

夜になって、ホラー映画を見ていたが、だんだん筋がわからなくなってきた。画面に集中できない。陣痛の間隔が短くなってきたのだ。しかも痛い。呼吸法も習ったけど、それどころではない痛さ。

だんなは冷静に、

「おっと、時間を計らなきゃ」

といって、まじめに時間を計っている。そして、間隔12分。いよいよ病院に向けて出発。

おあつらえ向きに、時刻は夜11時をまわったところで、外は大雨だ。しかも、だんなは方向音痴。

病院までは車で10分なので、病院に着くまでの道案内はできるだろうと思っていた。が、車の中で陣痛は二回来た。要するに、だんなは方向音痴なのだ。

病院について、玄関にわたしを下ろして、だんなは車をとめに行った。待てど暮らせど帰ってこない。駐車場は隣なんですけど・・・。そして、陣痛が来た。あまりの痛さに、床の上に崩れたところを、タイミングよく助産婦さんが見つけてくれて、準備室に連れて行ってくれた。そこで、破水。すごい量が出るんですね。びっくり。

そうこうしているうちに、やっとだんなが登場。

「いや、駐車場がわからなくって・・・」

だから、隣やって!

しかし、とにかく、痛い。陣痛はどんどん強くなるし、間隔も短くなる。でも、とにかく痛い。わたしは痛いのが苦手なので、思いっきり痛がった。そうしたら、お医者さんがやってきて、ぷすり、と注射を一本。ペソディンという薬を打ってくれた。

わたしは自分の記憶の中では、痛い痛いと苦しんだのだが、だんなに言わせると、

「陣痛と陣痛の間は寝てたよ」

いびき付きで。

そうこうしているうちに、産室に行くことになった。このあたりも、ペソディンが効いていたので記憶がはっきりしない。ただ、ベッドがすごく高くて、

「のぼれません」

といったことくらいしか覚えていない。

実は、わたしは痛いのが嫌なので、脊髄の下半身麻酔を希望していた。でも、そのとき、双子を早産しそうになっている人がいて、その人の方に麻酔技師が付きっ切りにならなければいけないので、わたしのほうには来れない、と言われた。

「かわりに、このガスを吸いなさい」

と、助産婦さんに酸素マスクを手渡された。ガスは痛みが軽減されるようなものが酸素にたしてある、らしい。それをすっていると、痛みはあるんだけれど、どこか遠い感じがした。

息子の頭が見えてきたときに、助産婦さんとだんなが、失礼にも、人の股を覗き込んで、

「あら、髪の毛がふさふさ」
「けっこう長いのが生えていますねえ」

などと、のんきに会話をしていたのを覚えている。こっちは一生懸命にいきんでいるんですけど。

そして、頭が出た、と思ったら、するっという感じがして、

「うわあ、でたあ!」

と大きな声で言ってしまった。

「でましたよ」

と助産婦さんは笑いながら言って、わたしのおなかの上にぽんと息子を乗せてくれた。わたしの赤ちゃん・・・・・

いや、肝臓か?

だって・・・

色がどす黒い紫色
なんですけど。


すごい声で泣いている。

でも、ともかく、まず授乳。その後、へその緒を切り、助産婦さんが息子を預かってくれている間に、わたしは一風呂浴びた。3月2日の早朝だった。




陣痛が夜の11時ころにひどくなったのですが、病院についてすぐにペソディンの処置を受けたため、文中記したようにわたしは陣痛の間には熟睡をしていました。そのため、体力が温存できて、本格的な陣痛が始まったときには、まだぜんぜん疲れておらず、あらよっという感じで生むことができました。

また、ガスのおかげで、産室に入ってからも痛みはあったものの、どこかひとごとのようにしか感じられず、生々しい記憶としては残っていません。それでも、だんなの言葉や、助産婦さんの励ましの言葉などはしっかりと覚えているのです。

脊髄麻酔を希望した理由は、痛みが無くても意識がはっきりしているからです。やはり、自分の身に起きることをしっかり見たいと言う思いはありましたので。が、ガスでも特に記憶がないというわけではなかったので、良かったと思っています。

母からは出産後40日間(だったかな?)は風呂に入ってはいけないといわれていました。また、日本の出産の本にはそのように書いてありました。でも、イングランドでは、出産直後に授乳そのほかを済ませた後、すぐ入浴をさせてくれます。また、その後も毎日入浴するようにアドバイスを受けました。風呂好きのわたしにはうれしいアドバイスでした。

以上、ご参考までに。

この町の変なお祭り

西ヨーロッパと言うと、キリスト教がその文化の中心となっているような印象を受けるかもしれないけど、実は、けっこう、キリスト教以前の土着宗教が残っていて、エキセントリックなお祭りがたくさんある。

でも、こういったお祭りはあまり有名ではないし、その地域の人たちも外から観光目的の旅行者が押し寄せることを嫌うことが多いので、紹介されることはほとんどない。

わたしも、海辺のこの町に引っ越してきて半年が経つけれど、実は今になって始めてこの町の珍しい祭りを知った。日本人がここに住んでいたことはあまりないので、この祭りを日本に紹介するのはわたしが初めてではないか、と、思う。

ことは、息子がもうすぐ11歳になることからはじまった。

この町で11歳というのは大人になる年齢だ。海辺のこの町では、昔、11歳になると男の子は漁師として漁に参加することができた。そのためには大人にならなければいけない。そこで、成人式のような通過儀礼が行われていたそうだ。

そして、その年に11歳になる男の子は復活祭の日に行われるこの通過儀礼に参加しなければいけないのだそうだ。

この通過儀礼というのが、また、非常にエキセントリックなのだ。男の子たちは白いドレスを着て海に入り、ドレスを海中で脱ぎ捨てて岸まで戻ってこなければいけない。

まこと、不思議な行事である。

そこで、少し調べてみた。そうすれば、確かに納得がいく行事であることが分かった。

この地方には、幼少期における男女の格差が小さいのは、子供というのは両性具有であるからだ、という迷信があったらしい。そして、成人通過儀礼を通して、二つの性のうちの一つを神にささげ、男性または女性としての個人が成立するのだそうだ。

ゲイ・レズビアンは、この通過儀礼において、神が両方の性を肉体の中に残した人たち、と考えられている。この場合、なぜ、神がそのようなことをしたのかは分からないが、何らかの人知を超えた理由があると信じられていた。それゆえ、この地方においては、ゲイ・レズビアンは特別な選ばれた人たちと考えられ、大切にされてきた。

男の子は海神に女の性をささげ、女の子は月の女神に男の性をささげる。

その男の子の行事だけがどういうわけか残ったらしい。

だから、男の子は海神の花嫁として海に入る。つまり、これは死の儀式なのだ。

そして、ドレスを脱ぎ、男として海から出てくる。つまり、女の性を捨て(神にささげることで女の性が死に)、男の性だけを持った大人として、海から再生してくるのだ。

この、死と再生という祭りのテーマを考えれば、この祭りが復活祭と同じ時期に行われるのも納得がいく。多分、キリスト教が入ってきたときに、土着の宗教を吸収したため、こういうことになったのだろう。

そこで、息子に花嫁の白いドレスを買ってきた。ちょっと高い。一度だけ着て、海に脱ぎ捨ててくることを考えると、もったいない。でも、まあ、こういったお祭りが大好きなので、少々の出費は我慢しよう。

「おい、復活のお祭りのドレス、買ってきたえ」
「きたくない」
「何でやねん。みんな着るやろ。お祭りの意味も説明したったやろ。なにがいやなんや」
「だって、スカートはくのは女の子でしょ」
「おい、そういうくだらん性差別はあかんって言ったやろ。ズボンはいたら男か?」
「・・・・」
「とにかく、着てみ」

息子はしぶしぶとドレスを持って部屋へ行き、着替えて、でてきた。

・・・・似合っていない・・・。

が、息子、鏡を見ながら、まんざらでもなさそうである。

「おかあ、スカートって気持ちいいねえ。おちんちんとが、ぎゅうって押さえられてなくって。自由な感じ。ねえ、僕、これからスカートはこうかなあ」

え?? 





















































って、うそさ。ごめんなさい・・・。

「うそ日記」へのトラックバックです。

でも、こういう宗教があるんなら、いいかも。新興宗教でも作っちゃおうかな。

個体内に両性が入っている、というのは、ギリシャのアリストパネスの話からヒントを得ました。

アリストパネスの話はこちらをどうぞ。

お手伝いをさせる時

先日、 だんなから実にいやらしい資本主義的脅迫を受けた息子は、本日、めでたく掃除機をかけた。鼻歌つきで。

が、見ると、床のあちらこちらに小さな糸くずや何かが落ちている。要するに、ざっとなでるように掃除機を動かしたらしいんだけど、きちんと掃除ができていない。

こういうときにどうするか。

1) 「ご苦労様。きれいにかかってるね」とお礼を言って、次回からの働きに期待する。

2) 「ご苦労様。でも、まだごみが落ちているよ。今度からきちんとかけてね」と、やはり、お礼を言って次回からの働きに期待する。

3) 「おい、こら、全然ちゃんと掃除できてえへんやないか。どこに目ェつけとんのや。もっかいやり直しよし!」と、いきなり怒る。

もちろん、わたしは3である。

1または2がいいことは明々白々なんだけど、ぷれこさんの所でコメントにも書いて言い訳をしていたんだけど、きちんと叱るなんてできない。怒ってしまう。

が、息子だって、伊達にわたしの息子ではないので、黙って怒られてはいない。

「だって、顕微鏡もって掃除機かけてるわけじゃないんだから!」
「誰が顕微鏡の話をしてんのや! 目で見えるごみのことじゃあ! ほれ、ここにも、ここにも、あそこにも、見てみい!!!」

そこで、息子が言った。

「完璧な仕事なんてできないよ、僕は子供だから! (I cannot do a perfect job since I am a CHILD!)」
「誰も完璧やなんてゆうてへんわい。いい加減にするんやなくて、きちんとせえゆうてんのじゃ! だいたい、ちっこいことを言い訳につかうんやない! (I am not asking you to do a perfect job. But I am suggesting you to do it properly, not half-heartedly! And please do not use your immaturity as an excuse!) 」

確かに、まだ、掃除を一緒にしはじめて半年くらいだから、下手なのは仕方がない。でも、わたしが言いたいのは、鼻歌を歌いながら(half-heartedlyで)、いい加減な仕事をするんじゃない!ということだ。

いい加減な仕事をすると、それは良い仕事ではないので、褒めてあげられないし、お礼もいえない。仕事にかかった時間が無駄になる。それに、誰かがやり直さなければいけないので、その人の時間も無駄になる。だから、はじめから丁寧にしなさい、完璧じゃなくていいんだから。

・・・でも、怒らずに、これを説明できたら、やっぱりよかったかな。反省。

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ちょっと説明:

怒っていても、実は命令をしていても、必ずPleaseをつけるのがイングランド流英語のマナーです(ほかの国でもそう?)。親が子供に怒っているときでも、やっぱりPleaseをつけます。かんかんに怒りながらも、Pleaseと言っている友人たちを見て、ものすごく不思議に思っていました。

そこで、聞いてみたら、友人は

「大人にはやっぱりPleaseって言うでしょ。言わなきゃいけないと思うでしょ、相手は個性なんだし。だったら、子供だって、個性でしょ。(You would say please to the other adults, wouldn’t you? You feel you must, since every one of them is an individual. Every child is an individual, too, you know.) 」

なるほど。

息子によれば、今住んでいる国の現地語でも、やっぱり、Pleaseにあたる言葉を相手が誰かにかかわらず必ずつけるのだそうです。

「Individual」とは、日本語に訳しにくいんだけど、個性、かな? 

Pleaseをつけたからと言って、相手を尊重できるとは限らないけど、でも、Pleaseをつかうことで、息子を個性として認めなきゃいけない、と自分に言い聞かせるつもりでいます。

で、英語のほうが怒りやすいので、怒ると英語になります。だんないわく、「君、怒ってるときのほうがすらすら上手にしゃべってるじゃない」・・・ほうっておいてください。

誰と暮らすの?

わたしは息子をイングランドで出産した。里帰りだけは、いやだった。日本の出産・育児の本を読んでいると、

「痛みを乗り越えて出産をしてこそ、わが子への愛情を感じることができるのです」

って、書いているのは、男性医師ですよ。自分で産め、ばか。

それに対して、イングランドは、地域ごとに助産婦さんのチームがあり、彼女たちが定期的に妊婦を訪問してくれて、出産の方法や、痛みを軽減するさまざまな方法について説明してくれ、どういった方法が自分にふさわしいのかを話し合うことができる。彼女たち自身、出産経験のある人がほとんどで、そういった意味においても、先輩、なので頼りになる。

だから、わたしのように、痛いのは絶対いや、というのであれば、痛み止めの方法について説明してくれ、わたしの希望を聞いて、準備をしてくれる。

完全に自然出産がいい、それも、自然の中で生みたい、という人がいると、森の中にテントを張ってくれたりもする。

もちろん、希望はあくまで希望で、緊急事態や医療的にそうしたほうがいいと思われる場合には、そちらのほうを優先する。

それで、出産時にもいろいろとあったんだけど、今日はHoney Bunさんのブログを読んでいて思ったことがあったので、出産後のことを。

妊娠中は地域の助産婦さんのチームが面倒を見て食えるけれど、出産後1週間からは、育児相談員のチームに引き継がれる。彼女たちは、お風呂の入れ方、授乳の仕方、赤ちゃんの健康管理、しつけの方法など、育児にまつわるありとあらゆる相談にのってくれる。

わたしたちが育児相談員のメアリーにはじめて言われたのは、次の一言。

「子供はね、20年もすると家を出て行くのよ。あなたたち二人は後何年一緒に暮らすと思う?」

子供中心ではなく、夫婦の関係を二人のものとして考えなさい、と彼女は言うのだ。子供はいつか自分の世界に去って行くお客様、あなたが暮らす相手はあなたのパートナー。だから、二人の寝室を確保しなさい。子供と寝ては駄目よ。一人で寝かせなさい。

だから、わたしは子供に添い寝をしたことが無い。もちろん、夜中の授乳中に爆睡してしまった、なんてことはあるけれど、寝かせるために一緒に寝たことはない。そして、息子は一人で寝る子になったんだけど、この話も,また今度しよう。

ただ、出産後にメアリーに「誰と暮らすのかよく考えなさい」といわれたことには、今でも感謝している。いろいろあっても、やっぱり、わたしたちはお互いが大好きでHOTな関係を10年以上続けられているのは、二人だけの寝室があるからだから。



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が、どれくらいHOTかはかけません。きゃあ(赤)。想像して!


批判されました

盲腸の手術は簡単な手術なのだけれど、やはり、一応は開腹なので回復に時間がかかる。抜針はしたけれど、完治まで6週間と言われてしまった。

おかげさまで、家事があまりできない。

実は、我が家は5階建て。

というと、すごい家を想像するかもしれないけれど、違います。ヨーロッパの町によくある長屋、あれの縦の1セクションを持っているのです。要するに、うなぎの寝床の直立バージョン。築200余年、よって、もちろんエレベーターは付いていません。そこをのぼったり降りたりするだけでも、かなりの運動量になるので、足が強くなります。

それで、現在、そこを昇ったり降りたりしながら掃除機をかけることが、できない。もともと「掃除を毎日しない主義」なんだけど、やっぱり、気になるので、息子に命令をした。

「おい、今日な、学校から帰ってきたら、掃除機をかけるんやで。500円、やるから」
「・・・・・分かった・・・・・」

お手伝い、とは言っても、やっぱりわたしがすること(息子の掃除の分担は埃を払うことと、楽器を磨くこと、自分の部屋と「音楽室」の掃除)をさせるわけだから、やっぱりお金を払うべきだと思ったので、500円を申し出たのだが、本人は不満そうにしている。

学校から帰ってきても、息子は掃除機をかける気配が、ない。おかしいなあ、と思っていると、台所からだんなの声がする。息子に掃除機をかけろ、といっているらしい。

「おかあが頼んだんでしょ」
「うん・・・」
「じゃあ、しなさい」
「うん・・・・」
「今、頼まれたから
掃除機をかけて
500円もらうか、

今しないで、
後になってから
命令されて
ただ働きするか、

どっちか選びなさい」


息子はもちろん、直ちに掃除機をかけ始めた。

その日の夕飯のとき。一応、息子に謝った。

「ごめんな、おかあが盲腸炎で迷惑かけて」
「うん」

ということは、迷惑をかけられている、というわけですか??

「そやけど、おとなしくしてるさかい、ちょっとはええやろ」
「おかあ、なにいってんの。おなかが痛くて、何にもできないから、いらいらして、普段よりも機嫌悪いでしょ。我慢してるんだからね

・・・・・・・・以後、気をつけます。

エロ本は御自分で

わたしは仕事の関係で、ヌード写真集をたくさん持っている。もちろん、

修正無しのばっちり

ばっかり。いいでしょう。

でも、実際に、デッサンの教室なんかに通って、じろじろと人体を見るのになれちゃうと、裸の写真くらいではどうってことないですね。だって、モデルは老若男女にかかわらず、みーんな一糸まとわぬ生裸。見慣れちゃえば、どーってことないっすよ。検視官が死体になれるのと同じだな。それどころか、解剖学的に相手を見ちゃうから、色気もへったくれも、ない。

おかしかったのは、高校生が始めてデッサン教室に参加してきたとき。もちろん、彼にとっては、初めての生裸・・・。でも、師匠は裸なんか見慣れてるから、「おら、股間をキチンと見てかかんかい。ここやここや!」なんていうもんだから、どんどんうつむいて、膝をきっちりあわせるようにして、スケッチブックを抱え込んでましたなあ。

だから、わたしが興奮するのは、視覚的刺激に対してではなくて、言葉(変態?)。古いが、O嬢の物語、とか、おおおおおお!!って感じですか。でも、やっぱり、なんてったって日本の古典、堤の中納言物語なんかで、貴公子がお姫様に迫りまくり、「一枚一枚と隔てがなくなり、でも、この後のことはほかの本によく書いてあるので詳しくは書かない」なーんて、書いてあると、

書け! 
想像してしまうやないかあ!!!

ハアハアハア・・・・・

さて、昨日、息子がわたしの部屋へ来て、本棚をじろっと見たら、彼の顔の正面に、非常に分厚い本が。タイトルは

1000NUDES (1000のヌード)

「借りてってもいい?」
「あかん!」
「けち!」

だって、これ、ヌード写真を古い順にずらーっと1000枚並べていて、1800年代のなんか、にんじんを突っ込んでたり、スパンキングしてたり、ちょっと、初心者向けじゃないんだもん。それに、やっぱり、はじめてみたエロ本(ちゅうかエロ写真集)は、母親から借りた、って、ちょっと問題あるよね?


始まりはここからかな?



息子がまだ小さかったとき、だんなと二人で話して、性に関しては、はずかしいかも知らんが、とにかく、はずかしがらんと話そ、と決めた。それから、性差別に関しても気をつけて対処しまひょ、と一応の方針を決めた。

「おっしゃ、ホンならバービーちゃん、買ってくるわ」
「ドクター・ケンも買った方がいいね」

ホンで、ドクター・ケンにはティミー君も付いてきた。誰の子やねん?

「バービーちゃん、秘密結婚しとったんか?」
「いや、シングルマザーかも」
「それとも、ドクター・ケンの子やろか?」
「近所の子供かも」
「さらってきたんやったら事やなあ」
「養子かもしれないね」
「代理母いう手もあるぞ」
「ドクター・ケンが自分をクローン再生したのかも」

と、親が議論(なんの議論やねん!)をしている間に、息子はどんどん人形の洋服を脱がせているではありませんか。ああ、この親にして、この子あり。

「ほら、寒いから、また洋服着せてあげよう」

といいながら、だんなはバービーちゃんとドクター・ケンを拾った。

「バービーにはお尻はあるけど、それ以外はないよ」(こら、お前、なに見てるねん!)
「ドクター・ケンには付いてへんか?」(何をきいてんのや!)
「パンツが一体形成されてる・・・」

そらそうやろなあ、性教育用に作った人形ちゃうもんなあ・・・。

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追記: ちなみにデンマークなど、性教育の進んだ国では、ちゃんと性器の付いた性教育用の人形が学校教育用に作られています。性教育の教材は間違って使用されると非常に不愉快、かつ悲劇的な結果を引き起こします。十分に気をつけたいと思います。

ちなみに。バービーはこの後、近所の子供に首を引きちぎられるという悲劇を経験し、永遠の眠りに付きました。ドクター・ケンとティミーは友達の娘さんに引き取られました。

お人形遊びをするのは女の子、という常識を植えつけたくなかったので、バービーを買い与えました。けっこう、遊んでいましたね。でも、彼が持っているぬいぐるみなどのコミュニティーの中では、「解剖学的に形が変」と言って、いじめにあっていたようです。ドクター・ケンも「お前、DRって、ちゃんと大学院卒業したのか?? このにやけ男!!」(うーん、誰からこんなえげつない罵声を習ったのか・・・って、わたしかな?)などど、批判を受けていました。ティミー君は大事にされ、レゴの車に乗せてもらったり、レゴの家をもらったりしていました。

わたしは子供のときに、レゴがほしかったのに、リカちゃん人形を買い与えられました。息子は、レゴもたくさん持ってるし、バービーも持っていて、なかなか贅沢だと思います。

ティミー君がどこの子供かはいまだに不明。どなたがご存じないですか。

この子がほしい

妊娠中、一番頭に来る質問は

「男の子、それとも女の子がほしい?」

だった。もっと失礼なのは、わたしの母親で、

「やっぱり、女の子がいいわねえ。かわいいお洋服を着せて」

などといっていた。

あのね、だんなとわたしは妊娠したくて、したの。ピルをやめて、きちーっと基礎体温をとって、一発で決めたんですよ。それで、夢を見た。

山の中の、水が澄んでて冷たい泉のど真ん中に裸で上を向いて浮いていた。そうしたら、暗い空から一滴、きらきらしずくが落ちてきて、おなかにポトンと落ちた。

この夢見たとき、決まりやー!って、ほんとにうれしかった。この子がわたしの子なんやなあって。元気で生まれておいでや、さっさと出ておいで(?)って思った。男でも、女でも、何でも構わんから、出ておいでって。

「おかあちゃん、女の子やなかったらどうするの」

って怒りたかった。わたしがほしいのは、おなかの中のこの子で、男の子でも女の子でもあらへんのよ。

そして、ほしかった子供は生まれ、大きくなり、今に至る、と。

生まれてから腹の立ったコメントは

「この次は女の子がいいわねえ」
「やっぱり、女の子がいないと母親はつらいわよ」
「兄弟がいないとかわいそうよ」

わたしは、自分がいい母親でないことを知っている。どうやって子供と付き合っていいのか分からないから、せめて、相手を一人の人間として認めようと努力をしている。だから、もう一人、なんて、無理。今で、精一杯。

自分の子供に不満はあるけど(それは、あります、いろいろと)、それは男の子だから不満なわけじゃない。それに、この次は女の子って思いながら妊娠して、男の子が生まれてきたらどうするの。がっかりするの。それは、命に失礼ではないの・・・。

「女の子がいないと」って言うけど、何で、性別が関係あるの? 男の子だからこう、女の子だからそう、って言うのは、性別によるステレオタイプ化でよくないよ。子供はみんなちがうんだから。

兄弟がいるといい??? わたしは、兄がいることで肉体的・精神的に非常につらい目にあった。だから、兄弟がいることイコール幸せ、とは思えない。

子供には、好きなところへ行き、自分の力のがぎりの人生を送ってもらいたい。わたしの面倒なんて、自分でちゃんとできるようにしてあるから、見てもらわなくていい。わたしのように、親から逃げなければいけなくなるような目にはあわせたくない。親の人生を子供に押し付けたくない。

ただ、一生、人間として付き合っていけたら、いいな。一生付き合いたいと思えるくらいおもしろい人になってもらいたいし、わたしもそうなりたいな。

****************
愚痴です、愚痴。ちょっとおもしろくないことがあったので。相手の顔に向かって吐き出せばよかったのに、できなかったので、ここで、ぶつぶつ言っています。ぶつぶつ。

父子の会話

ちょっと前の話。

「おとう、おかあにはちんちん無いね」
「あったら困るけどね」
「ないと困らないの?」
「おとうは困るけどね」(だって、ヘテロだもん)
「?????」
「おかあには別の物がついている」
「何もないよ」
「中にあるんだな」
「だからおかあはたくさん食べるの?」

息子は、明らかに、牛のことを考えている。胃袋がたくさんある牛のように、おかあの中には胃袋がたくさんあると考えている。おとうにはないが、おかあにあるものは、しかし、胃袋ではない。

「牛もおっぱいが大きいからねえ」
「ああ、おっぱいがかわりなの?」
「おっぱいは男にもあるよ」
「え。大きくなるの?」
「一時的にね。12歳くらい、かな。ホルモンのバランスが崩れるからね。でも、また小さくなるよ」
「じゃあ、おかあには何があるの?」
「ほら、これをお読み」

と、だんなは家庭の医学辞典を手渡したのでありました。そして。

「おかあ」
「なんじゃ?」
「おしっこできるの、よかったね」
「心配をおかけしました」

家庭に一冊。家庭の医学の一番分厚くて図解がたくさん載っているものをお勧めします。